芦屋のクラシック音楽コンサートホール

兵庫県芦屋市東芦屋町3-9
TEL:0797-55-0730

イベント情報

2015年09月

2015.09.20

イヴ・アンリ教授レクチャーリサイタル

 2015年9月20日 (日)

イヴ・アンリ教授レクチャーリサイタル
イヴ・アンリは私が知る限りの最高のピアニストだ。その演奏にピアノ芸術の極致を見た。とにかく詩なのだ。いささか我田引水に聞こえようが、私は絵を描くとき事物自体よりも、それらが醸しだす雰囲気、つまり空気、言い換えれば詩を描きたいのだ。それと同じでイヴも雰囲気、つまり詩を奏でている。器楽はそもそも抽象的で具象的ではない。その抽象性に詩的世界を発見するかどうかだ。
今日(2015.9.19)のレクチャー・リサイタルで、ショパンは「舟歌」をベニスのゴンドラからインスピレーションを得て作曲したと言う。たしかにこの曲を聴いていると夕日を受けてキラキラと光る波間、たゆとうとしたベニスの運河の光景が浮かんだ。最後のドドーン、ドドーンと鳴らす印象的な音はサントロペに打ち寄せる波の音だろうか。
次はリストのペトラルカのソネットS.123。ルネッサンス期のイタリア叙情詩人、ペトラルカの詩からインスピレーションを得て作曲したという。厳かな出だしから精神を浄化するような調べ、最後は神妙な顔つきになって静かに静かに消え去って行く。
ラヴェルの「夜のガスパール」より“オンディーヌ”“絞首台”“スカルボ”。これは昨日も書いたので繰り返さないが、イヴの演奏を聴いているとその奇妙奇天烈な様がなぜか非常に艶めかしい。昨日、スカルボを義足一本足と書いたが、今日の図ではそうではなかった。イヴの前で色紙を取り出し私の五行歌を書いて進呈した。「イヴの奏でる/ラヴェルの/スカルボは/艶めかしい/浮世絵」と。大笑いしながら嬉しそうに受け取ってくれた。
最後のボロディン作曲イヴ・アンリ編曲の“ダッタン人の踊り”も昨日書いたので、多くは語らないが、カスピ海の北を彷彿とさせる、自由奔放で賑やかな野性的踊りを見た想いがした。それが私の描いたモラヴィア地方の踊りにそっくりだといってスライドの1枚に加えられた。
曲名を覚えるのに見るイメージよりも聴くメロディで覚える人もおれば、逆に聴くメロディよりも見るイメージで覚える人もいるだろう。今回、このレクチャーを通じて私は決定的に後者だと自覚した。
Prof. Yves Henry is the best pianist I’ve ever known. I found his performance the ideal of piano art, which claims that piano is poetry. Whenever I paint, I don’t want to depict the object as it is but want to draw an atmosphere the object produces around it. That is a poem. Likewise, Yves Henry creates a poetic atmosphere through his piano performance for pleasing not only my ears but also my eyes to see imaginary pictures. Music by instruments is essentially of abstractive, not materialistic nature. So if you feel poetry in its abstract, you would deserve to appreciate it. His today’s lecture-concert revealed the secrets how F. Chopin, F. Liszt, M. Ravel and A.Borodin=Y.Henry composed or arranged their pieces by showing many picture slides they were inspired by. He kindly added to those slides one of my oil paintings called “Village Festival in Moravia region in Czech Republic”, because it so resembles the image of Polovisian dances. In return, as a token of my appreciation of his performance I presented to him a square piece of cardboard for writing a poem (five-line poetry) saying that / Yves performance of/ M.Ravel/ Scarbo is/ a sexy/ Ukiyo-e painting.
ショパン: 舟歌
リスト: ペトラルカのソネットS.123
ラヴェル: 夜のガスパール
オンディーヌ
絞首台
スカルボ
ボロディン=イヴ・アンリ編曲ダッタン人の踊り
ダッタン人の踊り
イヴ・アンリと筆者
 

2015.09.15

木越 洋チェロリサイタル

 2015年9月15日 (火)

木越 洋チェロリサイタル
 
 
今日は摂津響SaalとThe Music Center Japan共催による 有名な木越洋のチェロコンサートをSalon Classicで昼夜に亘って開いた。これぞ人生だと木越はチェロで語り、チェロが自らそれを語った。チェロが、キラキラと輝くヴァイオリンの音色に比べ、グッと下腹に響く滑らかな低音で深いコクとまろやかさを持っているというのは一般論だ。木越の演奏はそんなものをとっくに超越している。木越のチェロは楽器も音色も彼の身体の外でなく内で一体化している。まるで野球選手のバットが選手の腕の延長であるがごとくに。その弓捌きを見よ。その縦横無尽にくねくねと柔らかく激しく動く軌跡は腕そのものだ。音色を聴いてみよ。あぁ、動脈を走る血の音も静脈を走る血の音も聴こえてくる。それどころか毛細血管を走る血の音さえも聴こえてくる。あるかなしかの音。か細い、か細い音。この音の中に生命の鼓動を知り、チェロの奥深さを知る。
チェロの音色はまた虹に似ている。どの音にも七色が滲み、その中に身を呈していると、虹に漬かり虹に吸い込まれて行く自分を感じる。木越の熟達した演奏にはその風貌と同じく風格があり、風雪を感じる。滑らかでいてよく聴くとそこに起伏があり、そこに人生を感じる。今日のチェロを聴いていてはたっと気付いたことがある。それは私の描く油絵の音化だ。私の絵の色調はどちらかといえばブライトよりもダーク調でいわばチョコレート色だ。重厚でいて甘みを持つこの色調がいつの間にか自分のカラーとなった。チェロの音色がそれにそっくりだと巧まずして感じてしまったのだ。
今日聴いた曲の多くは平素から聴き慣れた曲だったが、木越による解説を聴いてあらためてその良さを感じた。今日のバッハの組曲全体に言えることだが、これら舞踊曲は決して派手な動きはなく、わずかに顔を動かす程度のいわば楚々とした風情が日本の茶道に通じるという。なるほど上手く表現したものだと感心した。私の音楽鑑賞法は極めて簡単明快。いい演奏かどうかは、その演奏を聴いて波を被った感じになるかどうかだ。今日はその意味で久しぶりに波を被った。サン=サーンスの「白鳥」はよく聴く曲の一つだが、青い水面に白い白鳥が黒い影を落とす感じを味わったのは初めてだった。またラフマニノフの「ヴォカリーズ」の一種暗鬱な調べに人生のエレジーを感じたし、カサドの「愛の言葉」に先輩カザルスに捧げる「艶のある」惜しみない讃辞に感じ入った。
プログラムは
バッハ: 無伴奏チェロ組曲第1番、 E.エルガー:愛の挨拶、E.ボルディーニ=クライスラー編:踊る人形、宮澤賢治/林光編:星めぐりの歌、フォーレ:シチリアーノ、サン=サーンス:白鳥、カサド:愛の言葉、チャイコフスキー:メロディー、ラフマニノフ:ヴォカリーズ、モシュコフスキー:ギターレ、トスティ:セレナータ
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