芦屋のクラシック音楽コンサートホール

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ブログ

2021.07.02

四柱推命と私の今

 生まれた年、月、日、時を四つの柱として人の運勢を占う四柱推命は私にとって興味以上のものである。これをある種、科学以上のものとして私は捉えている。四柱推命のややこしい理論は横に置くとして、その背景となっている宇宙の営みに私は目を見張る。「胎児の世界」(中公文庫)の著者、三木成夫は、p184で、森羅万象を貫くリズムの本質を明らかにし、どんな生物の食と性の営みも年・月・日のリズムと厳密に結びついていると述べている。同じ軌道を循環しているように見える月や太陽も年とともに位置を変え、同じ定点に一時として留まらない。人の一生もこの軌道に影響されるものらしい。

 人には宿命と運命がある。宿命は生まれながらにもつ性質や運勢、運命は運ぶ命、巡りあわせとなる吉凶禍福の運勢である。どの定点で生まれたかで宿命が決まり、これからどのような軌道をめぐるかで運命が決まるという法則だろう。
私の宿命はどの書を紐どいても大体同じで、私の性質の要約はこんな具合である。
 「日からの判断…研究や学問の分野で力を発揮。カンが鋭く、観察力や分析力が高い。地道にコツコツ努力する。好き嫌いが激しく、協調性はあまりないが、大きなやさしさを秘めている。潔癖で少し独善的なところがある。月からの判断…宝石のキラメキが水の流れを輝かせる絵となり、品格があり、知的な人物。対人面ですこしチグハグなところがある。しかし物腰が柔らかく穏やかで人から好かれる。少し見栄を張るところがある。毒舌家の面もある。押しが弱く、二番手に徹することが多い、…」このように言われるともうほとんど信じたくもなる。なぜ、ここまで私の生年月日(時間は普通分からないことが多いため、実質は三柱推命)だけで解るのか。
次に私に運命を見てみよう。□を書いて、上を北、下を南、右を東、左を西とする。そして一辺を3等分すると、□が12等分される。つまり十二支の12となる。北の真ん中を(子、ね)とし、右周りに(丑、うし)、(寅、とら)(卯、う)…とし、最後に(亥、い)を(子、ね)の左隣にすると輪が一巡する。このそれぞれを10年とすると完全に一巡するのに120年がかかることになる。
私は三月生まれ、つまり(卯、う)月の生まれは右辺の真ん中、そこからグルっと右廻りする(ある計算式で左周りもある)。私が(卯、う)を離れて(辰、たつ)になるのは5歳の時(ある計算式で算出したもの。人により違う。)以後10年刻みで、15歳で東から南へ折れ、25歳、35歳、45歳と進み、西へ折れ、55歳、65歳、75歳と進み、北へ折れ、今真ん中の85歳にいる。今後、長生きすれば95歳となり、東に折れ、105歳、115歳、となって元の5歳に重なることになる。一辺が30年だが、その方向が変わる時が大変化、同じ辺内の刻みでは小変化が訪れるという。
 人それぞれの特有星がこの軌道を回るとき、人それぞれに、その特有の運命が訪れる。
星は木、火、土、金、水の5種があり、そのそれぞれに陰陽二つがあり全部で10種類となる。これが干支(十干十二支)の干に当たる。私の星は水の陰で、この星が悪い運勢を辿り始めるのは南から西に折れる45歳から。とくに45歳から55歳が最悪、それから徐々に回復、これが北に折れる75歳からの30年間は幸運に変わるとある。思い返せば私が四柱推命を知ったのは50歳過ぎ、ニューヨークから帰国した直後だった。男にとって一番大切な管理職時代(45歳~55歳)に一番くさっていた。その時にこの運勢を知り、「なるほど、今が最悪なのは定めなんだ。これから徐々に悪条件を脱し、60歳の定年から上向き、北に方向転換する75歳からは大いに希望が持てる」と思ったものだった。
これが予想通りというか占い通りになったのだから驚きも驚き、もう私はこの四柱推命を疑えない。とくに今、85歳になってそれが顕著になった。占いは陰暦がベースなので今回の自費出版もはじめから2月以降と定めていた。この出版でまた新たな人生が始まりそうだし、今日からThe Music Center Japan のホームページも装いを新たにした。この節目に当たりこのようなエッセーを記念に認めた。
今や私にとって四柱推命は迷信でもなければ当たるも八卦、当たらぬも八卦的存在ではない。人生一生の確かな道しるべとして神妙に考える術である。
                         (2021.7.2)
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